官能評価とは?化粧品の「心地よさ」を科学するパネル設定と評価スケールの世界

化粧品の価値を決めるのは成分だけではありません。私たちが「使い心地が良い」と感じる背景には、人間の五感を用いた「官能評価(かんのうひょうか)」という緻密な科学が存在します。本記事では、研究現場で行われるパネル設定や評価スケールの仕組みを、専門家の視点から詳しく解説します。

1. 化粧品の「使い心地」はどうやって決まる?官能評価の基本

官能評価(かんのうひょうか)とは、人間の視覚・触覚・嗅覚などの「五感」を使って、製品の特性を測定・評価する手法のことです。

化粧品開発において、この評価は欠かせません。なぜなら、どれほど肌に良い成分が入っていても、ベタつきが強すぎたり、香りが不快だったりすれば、私たちはその化粧品を使い続けたいとは思わないからです。

例えば、乳液の「のびの良さ」を評価する場合、実際に訓練を受けた人が肌に塗り、その滑らかさを数値化します。このように、人の感覚を「物差し(測定器)」として使うことが官能評価の最大の特徴です。

2. なぜ機械ではなく「人の感覚」が必要なのか?

結論として、機械による測定(物理的な測定)だけでは、人間の複雑な「心地よさ」を完全には再現できないからです。

理由は、機械は「摩擦係数(滑りやすさの数値)」などを測ることは得意ですが、人間が感じる「しっとりしているのにベタつかない」といった、複数の感覚が混ざり合った繊細なニュアンスを判断できないためです。

具体例として、口紅の評価を挙げます。機械では色の濃さや硬さは測れますが、「唇にフィットする安心感」や「顔色がパッと明るく見える印象」は、人にしか評価できません。

したがって、化粧品開発では機械による客観的なデータと、官能評価による「人の実感」の両方を組み合わせて、最高の製品を作り上げていくのです。

3. 官能評価における「パネル設定」:分析型と嗜好型の違い

化粧品の評価を行う対象者のことを「パネル」と呼びます。目的によって、パネルの選定基準は厳格に使い分けられます [3][10]。

分析型パネル(専門家パネル) ◎

製品の微細な差を識別するために、特別な訓練を受けた集団です。

  • 役割: 「しっとり感」や「弾力」といった特性が、どの程度あるかを客観的に評価します。
  • 特徴: 個人の好み(好き嫌い)を排除し、人間の感覚を正確な「測定機器」として機能させることが求められます。パネルの信頼性は、評価の「一意性(いちいせい:回答の一貫性)」や「再現性」によって厳しくチェックされます [11]。

嗜好型パネル(市場パネル) ○

一般の消費者を対象とした集団です。

  • 役割: その製品が「好きか嫌いか」「買いたいと思うか」といった主観的な価値を判断します [13]。
  • 特徴: ターゲットとなる年代や肌質(乾燥肌、敏感肌など)に合わせて選定されます。専門的な知識よりも、実際の生活場面での実感が重視されます [16]。

4. 評価スケールの種類:SD法からVAS法まで

感覚という曖昧な情報を数値化するために、様々な「スケール(尺度)」が用いられます。

SD法(Semantic Differential法) ◎

「しっとりーさっぱり」のように反対の意味を持つ形容詞の対を両端に置き、その間を5〜7段階で評価する方法です [5][29]。化粧品のプロファイル(特徴)を可視化する際、業界で最も頻繁に利用されています [17]。

VAS法(Visual Analog Scale法) ○

10cmの直線の両端に「全く感じない」「非常に強く感じる」と記載し、自分が感じる位置に印をつける方法です [33][53]。段階に縛られないため、より直感的な感覚の強さを測定できるメリットがあり、気分の変化や刺激感の測定にも応用されます。

一対比較法(いっついひかくほう) ◎

2つのサンプルを同時に提示し、どちらがより優れているかを回答させる手法です [34]。比較が容易であるため、精度の高いデータが得られやすいとされています。

5. 客観性を高めるデータ解析:物理特性との相関

官能評価は主観的だと思われがちですが、現代の化粧品科学では高度な統計解析により、その信頼性が担保されています。

  • 相関解析: 官能評価で得られた「なめらかさ」のスコアと、摩擦測定機で得られた「平均摩擦係数(MIU)」などの物理特性を照らし合わせ、高い相関があることを確認します [7][61]。
  • 多変量解析: クラスター分析や主成分分析(PCA)を用いることで、膨大な評価用語を「テクスチャー因子」「弾力因子」といった主要な要素に集約し、製品の立ち位置を明確にします [11][71]。
  • 時系列評価(TDS法): 塗布した瞬間から、肌になじんだ後までの感覚の変化を時間とともに追う手法も開発されており、動的な使用感の制御が可能になっています [16][51](△仮説段階の研究も含む)。

FAQ:よくある質問

Q1: 官能評価のパネルは誰でもなれるのですか?

A1: 嗜好型パネル(一般モニター)には誰でもなれますが、分析型パネル(専門評価者)になるには、味覚や触覚の識別テストに合格し、長期のトレーニングを受ける必要があります。

Q2: 官能評価の結果は、天候や体調に左右されませんか?

A2: 非常に左右されやすいです。そのため、評価は常に一定の温度・湿度に保たれた「恒温恒湿室(こうおんこうしつしつ)」で行われ、パネルの体調管理や評価前の飲食制限なども厳しく行われます [63]。

Q3: なぜ「しっとり」という言葉だけでは不十分なのですか?

A3: 人によって「しっとり」の解釈が異なるからです(油分による重さなのか、水分による潤いなのか)。そのため、研究現場では「ベタつき」「吸いつき感」「膜感」など、用語を細かく定義して評価を行います [12][122]。

まとめ

官能評価は、化粧品の「使い心地」という目に見えない価値を、人間の五感と統計学を用いて科学的に解明する重要な技術です。パネルの厳格な設定や、SD法・VAS法といった評価スケールの活用により、私たちはただ「潤う」だけでなく、「心地よい」と感じる製品を手に取ることができるのです。成分表示の裏側にある、こうした技術者の情熱と科学の進歩が、毎日のスキンケアを至福のひと時に変えています。

参考文献リスト

[3] 日本化粧品技術者会 学術委員会, et al. (2022). 毛髪の評価方法について. 日本化粧品技術者会誌, 56(4), 351.

[5] 中野 詩織, et al. (2021). 時系列官能評価法による化粧品塗布中の感触評価. 日本化粧品技術者会誌, 55(1), 28-35.

[7] 正木 功, et al. (1998). 化粧品の製品性能のうち感触(官能評価)の客観化. 日本化粧品技術者会誌, 32(1), 31.

[10] 池山 豊. (1996). 開発部門に求められる官能評価. 日本化粧品技術者会誌, 30(1), 35.

[11] 林 昭二, et al. (1984). 乳化物の官能検査とその数量化―パネルの評価能力および評価傾向の把握―. 日本化粧品技術者会誌, 18(1), 98.

[12] 池山 豊, et al. (1987). クリームの官能評価用語に関する研究―クラスター分析による分類―. 日本化粧品技術者会誌, 21(2), 161.

[13] 長沢 伸也. (1994). 官能による商品評価の基礎. 日本化粧品技術者会誌, 28(1), 11-22.

[16] 中野 詩織, et al. (2021). Temporal Sensory Evaluation of Cosmetic Texture Change during Application. Journal of SCCJ, 55(1), 27.

[17] 池山 豊, et al. (1997). A Proposal about Structuring and Classification Method of Cosmetics Quality. Journal of SCCJ, 31(2), 189.

[29] 著者不明. (1958). におい心理学の最近の動向(SD法の応用). 日本化粧品技術者会誌, 該当号, 272.

[33] 神宮 英夫, et al. (2011). 化粧品の高級感を規定する要因に関する研究. 日本化粧品技術者会誌, 45(1), 9-13.

[34] 小松 容子, et al. (2012). スキンケア製品塗布時の動作解析と使用感評価. 日本化粧品技術者会誌, 46(3), 205-207.

[51] 南 浩治, et al. (2005). CG画像によるベースメイクの光沢感の評価. 日本化粧品技術者会誌, 39(1), 16-25.

[53] 鈴木 友里亜, et al. (2021). 感触用語によらない保湿剤水溶液の官能評価方法と溶液物性との関連. 色材協会誌, 94(8), 219-224.

[61] 豊田 剛正, et al. (2008). 摩擦特性と官能評価の相関. 日本化粧品技術者会誌, 42(3), 218-225.

[63] 小林 典子, et al. (1999). 皮膚感覚の身体部位差と環境条件の影響. 日本化粧品技術者会誌, 該当号, 88.

[122] 小林コーセー研究所. (1984). 化粧品のタイプ分けに関する研究―官能評価による乳液の分類―. 日本化粧品技術者会誌, 18(1), 226.

著者プロフィール

藤川 純一(Junichi Fujikawa)

ルリユール合同会社 代表社員 / 化粧品研究者(フォーミュレーター)

20年以上にわたり化粧品処方開発に従事。2014年、西宮市に自社ラボと製造所を設立し、「作る・売る・支える」を自ら体現する。

毎月、百貨店の催事店頭に立ち、延べ数千人の肌悩みに直接向き合う。原料原液シリーズ「GRAND CONC.」を題材に、悩みの原因を皮膚科学の視点から紐解き、「難解な専門知識を、今日から使える知恵に翻訳して伝える」ことを信条とする。

保有許可: 化粧品製造業、化粧品製造販売業 / 発信媒体: Cosmetic Dictionary、Podcast「美の深層」 / 顧問実績: 薬事顧問、化粧品ブランディング、処方開発アドバイザー

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