化粧品の仕上がりを左右する「HLB値とは」?乳化設計の基礎をわかりやすく解説

化粧品のクリームや乳液が心地よく混ざり合う鍵となる「HLB値とは」何かを解説するコスメ辞典です。界面活性剤の水分と油分のバランスを示すこの数値は、乳化設計の基礎として欠かせません。初心者向けの基本から、マニア向けの専門的な算出メカニズムまで、プロの視点で網羅して解説します。

HLB値とは?化粧品が分離せずに混ざり合う魔法のバランス

HLB値(親水性と親油性のバランスを示す指標)とは、化粧品に入っている界面活性剤(水と油を混ぜ合わせる成分)が、「どれくらい水に馴染みやすく、どれくらい油に馴染みやすいか」を0から20の数字で表した魔法のバランス指標です。

なぜなら、本来なら絶対に混ざり合わない水と油を綺麗に乳化(水と油が均一に混ざり合う現象)させるためには、その化粧品に使われている油の性質にぴったり合った界面活性剤を選ぶ必要があるからです。

例えば、お肌を潤す乳液やみずみずしいクリームには水に馴染みやすい界面活性剤が選ばれ、逆に汗や水に強い日焼け止めなどには油に馴染みやすい界面活性剤が組み合わせて使われています。

このように、HLB値は化粧品が分離せずに心地よい質感のまま私たちの肌に届くための、乳化設計の基礎となる大切なものなのです。

なぜHLB値が私たちのスキンケアに関係あるの?

スキンケアを選ぶ際、サラッとしたミルクや、こっくりしたクリームなど、好みの質感がありますよね。実は、これらの「肌ざわりの心地よさ」や「化粧品としての安定性(時間が経っても分離しない品質)」は、すべてHLB値を計算して作られた乳化設計の基礎によってコントロールされています。もしこのバランスが崩れると、化粧品は一瞬で水と油に分かれてしまい、スキンケアとしての役割を果たせなくなってしまいます。


HLB値の数字はどう見る?化粧品のタイプで変わる乳化の秘密

HLB値の数字は、低ければ低いほど「油に馴染みやすく(親油性)」、高ければ高いほど「水に馴染みやすい(親水性)」という性質を持っています。

これは、化粧品の目的や剤型(製品の形や状態のこと)に合わせて、水と油のどちらを外側のベース(連続相)にするべきかが変わるためです。

具体的には、HLB値が4〜6付近の界面活性剤は、油の中に水が点在する「W/O型(油中水滴型)エマルション(油が外側にある乳化状態)」のクリームに適しており、汗や水に強い日焼け止めやバリアクリームに役立ちます。一方で、HLB値が8〜16のものは、水の中に油が点在する「O/W型(水中油滴型)エマルション(水が外側にある乳化状態)」の乳液やみずみずしい保湿クリームを作るのに最適です。

このように、HLB値の数字を正しく見極めることで、私たちが毎日使う化粧品のみずみずしさや、落ちにくさといった機能が精密にコントロールされているのです。


HLB値の誕生背景と理論的アプローチ:GriffinからDaviesへ

HLB値は、1940年代にGriffin(グリフィン)によって提案された、界面活性剤の親水基と疎水基の重量分率に基づく経験的な数値が基礎となっています [1, 3]。その後、様々な研究者によって熱力学的あるいは動力学的な裏付けが試みられてきました [2, 3]。

Griffin(グリフィン)による経験的アプローチ【確実度:○】

Griffinは、自社の非イオン界面活性剤を使用して、膨大な乳化試験から経験的にHLB(hydrophile-lipophile balance)という概念を提案しました [1, 2, 3]。1954年には、非イオン界面活性剤の親水基の重量分率からHLB値を算出する式として、多価アルコール脂肪酸エステルに適用できる以下の式を提案しました [1, 2, 3]。

$$
HLB = 20 \left(1 – \frac{S}{A}\right)
$$

( $S$ : エステルのけん化価、 $A$ : 脂肪酸の中和価)

また、親水基としてオキシエチレン基のみを含む場合に適用できる以下の式も発表しています [1, 2, 3]。

$$
HLB = \frac{E}{5}
$$

( $E$ : オキシエチレン含有量の重量分率wt%)

これらは厳密な物理化学的あるいは熱力学的な裏付けがない数値ですが(業界慣例)、実用的な見地から界面活性剤選定の非常に優れたガイドラインとして広く活用されています [2, 3]。

Davies(デービス)による動力学的アプローチ(基数法)【確実度:◎】

Griffinの経験的なHLB値に対し、エマルションの合併現象(液滴の合一)の動力学から物理化学的意義を明らかにし、化学量論的に算出する方法を提案したのがイギリスの物理化学者Davies(デービス)です [2, 3]。Daviesは、O/W型およびW/O型エマルションの粒子が合一する速度を測定し、両相への相対的親和力の比(動的プロセス)から官能基ごとに固有の数値を定義する「基数法」を考案しました [2, 3]。
算出式は以下の通りです [1, 2, 3]:

$$
HLB = 7 + \sum(\text{親水基の基数}) + \sum(\text{親油基の基数})
$$

Daviesの基数設定により、Griffinが非イオン界面活性剤に限定していたHLBの概念をイオン性界面活性剤へ拡張することが可能となりました [3]。例えば、強親水性のサルフェート基( $-\text{OSO}_3\text{Na}$ )の基数は $+38.7$ 、カルボキシル基( $-\text{COONa}$ )は $+19.1$ 、親油性のメチレン基( $-\text{CH}_2-$ )は $-0.475$ と定義されています [1, 2]。


油相が求める「所要HLB」と界面活性剤の化学構造による相溶性の差異

乳化される油の種類によって、最も良好な乳化状態が得られる界面活性剤のHLB値は決まっており、これを「所要HLB(要求HLB)」と呼びます [1, 3]。しかし、同じHLB値を持つ乳化剤であっても、その化学構造の違いによって、実際の乳化能や相溶性には顕著な差異が生じます [2, 3]。

所要HLB(要求HLB)の加成性と極性物質の挙動【確実度:○】

主要な油性成分には特定の所要HLBが設定されており、流動パラフィン(軽質鉱油)のO/W型乳化における所要HLBは10、セタノールは15、スクワランやワセリンは11などとされています [1, 3, 4]。2種以上の油性成分を混合した場合、その混合油相の所要HLBは、各成分の配合比率に応じた算術平均(加成性)によって、以下の式で推定できるとされてきました(業界慣例) [1, 3]。

$$
HLB_{\text{A, B}} = \frac{H_{\text{A}} \cdot X + H_{\text{B}} \cdot Y}{X + Y}
$$

( $H_{\text{A}}, H_{\text{B}}$ は各油の所要HLB、 $X, Y$ は各油の配合量)

しかし、実際の化粧品処方において高級アルコール(例:セチルアルコール)や脂肪酸などの極性物質を含む場合、これらは界面活性を持っており、水-油界面に吸着して混合分子膜を形成し、補助的な乳化剤としても機能するため、単純なオイルとしての加成性計算だけでは実際の最適乳化点を予測しきれないケースが多いことが示されています [1, 4]。

化学構造の差異がもたらす乳化能への影響【確実度:◎】

界面活性剤のHLB値が同一であっても、親油基や親水基の化学構造が異なれば、被乳化油性基剤に対する吸着・脱着挙動や平衡吸着量は著しく異なります [3]。これは、乳化剤と油剤の間の相溶性(溶解度パラメーター:SP値)の差異が反映されるためです [3]。

同じHLB値であってもオレイルエーテル型の乳化剤は、飽和直鎖のステアリルエーテル型の乳化剤よりもW/O型エマルションを形成しやすい傾向が実験的に示されています [2]。また、流動パラフィンや植物油(オリーブ油)に対して種々の界面活性剤を用いて乳化粒子径を測定した研究では、粒子径を極小にする最適HLB値(所要HLB)自体は乳化剤の化学構造によらずほぼ一定ですが、得られる極小粒子径の絶対的な大きさ(乳化能)は、選択した界面活性剤の化学構造(多価アルコール系、ポリオキシエチレンエーテル系など)によって顕著に異なることが実証されています [3]。


HLB値の限界を補完する最新の乳化設計技術:PIT法とEIP法

GriffinのHLB値は温度や濃度、他成分との相互作用を考慮していないため、現代の高度な乳化設計においては、系の物理化学的な状態変化を捉える「PIT法」や「EIP法」が不可欠な技術として応用されています [1, 3]。

転相温度(PIT)乳化法【確実度:◎】

油・水・ポリオキシエチレン(POE)系非イオン界面活性剤の混合系においては、温度変化に伴ってエマルションの型がO/WからW/Oへと反転する「転相温度(PIT:phase inversion temperature)」が存在します [1, 3]。篠田らは、このPIT付近で水・油間の界面張力が最小となるため、エマルション粒径が最小となり、非常に微細で粒径分布の狭い安定なエマルションを効率的に調製できる挙動を見出しました [1, 3]。

温度上昇に伴ってPOE鎖の親水基の水和状態が変化し、疎水化が進む現象を応用したのが転相乳化法です [1]。O/W型エマルションを設計する場合、製品の放置温度(室温)よりも20〜30°C高いPIT(HLB温度)を持つ界面活性剤を選択することが最適であると示されています [1]。

乳化転相点(EIP)による迅速な所要HLB測定法【確実度:◎】

未知の油性成分や複雑な混合油相の所要HLBを迅速かつ正確に決定する手法として、Marszallらによって提案された「乳化転相点(EIP:emulsion inversion point)法」があります [3, 5]。

EIP法は、電気伝導度をモニターしながら、油/乳化剤系からなるW/O型エマルションに水を連続的に添加し、O/W型エマルションに反転(転相)するときの水添加量を測定する手法です [3, 5]。界面活性剤のHLB値を変化させてEIP(転相に必要な水滴下量)をプロットすると、特定のHLB値でEIPが最小値を示す曲線が得られ、この最小値を与える乳化剤のHLB値がその油性成分の所要HLB値(鉱油であれば12.3付近など)とほぼ完全に一致することが示されています [3]。この迅速な転相滴定法は、従来の試行錯誤的な乳化試験を大幅に省力化し、信頼性の高い乳化設計の基礎を支えています [3, 5]。


FAQ

Q1:HLB値が同じ界面活性剤なら、どれを使っても同じ仕上がりになりますか?A1: いいえ、同じ仕上がりになるとは限りません。HLB値はあくまで親水性と親油性の「比率」を示したものに過ぎず、界面活性剤の具体的な化学構造(例:エーテル型、エステル型、ポリグリセリン系など)や油相との相溶性(溶解度パラメーター)によって、粒子の大きさや仕上がりの肌触り、エマルションの安定性は大きく異なります [2, 3]。

Q2:所要HLB(要求HLB)とは何ですか?A2: ある特定の油性成分(例:流動パラフィンやスクワランなど)を、最も効率よく綺麗に乳化させるために「必要な界面活性剤のHLB値」のことです [1, 3]。化粧品を開発する際は、使用する油の所要HLBに合わせて乳化剤をブレンドし、数値を一致させることで、分離しにくい安定な製品を作ることができます [3, 5]。

Q3:イオン性界面活性剤(石鹸など)にもHLB値はありますか?A3: Griffinが最初に提案したHLB値は非イオン界面活性剤限定の経験値でしたが、Daviesが提案した「基数法」という数理モデルにより、イオン性界面活性剤のHLB値も計算できるようになりました [2, 3]。例えば、サルフェート基(陰イオン性)は非常に高い親水性基数( $+38.7$ )を持つため、極めて高いHLB値を示すことが分かっています [1, 2]。

Q4:温度によってHLB値は変わりますか?A4: 一般的なカタログに記載されているHLB値自体は、分子構造から算出された固定の定数です。しかし、実際の「ポリオキシエチレン(POE)系非イオン界面活性剤」は、温度が高くなると親水基に結合していた水分子が外れて(脱水和)油に馴染みやすくなる性質(疎水化)があるため、実質的な親水性・親油性のバランスは温度によって変化します [1]。この性質を利用したのが「PIT(転相温度)乳化法」です [1, 3]。


まとめ

HLB値は、水と油を繋ぐ界面活性剤の性質を数値化した乳化設計の基礎となる指標です。Griffinの経験則から始まり、Daviesの基数法や篠田のPIT法、MarszallのEIP法へと発展したことで、化粧品の安定性や心地よい使用感を精密にコントロールする皮膚科学の重要な知恵となりました。成分の比率だけでなく、化学構造や温度変化による挙動を正しく見極めることが、高品質な化粧品処方開発の鍵となります。


参考文献リスト

[1] 日本化粧品技術者連合会(編), 2011, 『化粧品原料』・『化粧品製剤化技術』, 朝倉書店.
[2] 目黒謙次郎, 1973, 「HLB に関する諸問題」, 『日本化粧品技術者連合会会誌』, 第8巻第2号, pp. 3-11.
[3] 岡本亨, et al., 2010, 「乳化基礎理論」, 『J. Soc. Cosmet. Chem. Jpn.(日本化粧品技術者連合会会誌)』, 第44巻第1号, pp. 3-14.
[4] 滝形由三郎, 町田泰彦, 1983, 「可溶化量測定による o/w エマルジョンの最適乳化条件の予測」, 『J. Soc. Cosmet. Chem. Japan.』, 第17巻第1号, pp. 32-41.
[5] Marszall, L., 1975, 「Study on the required HLB of oil-in-water emulsions by a simple phase-inversion titration」, 『Cosmetics and Perfumery』, 第90巻第2号, pp. 37-43.


著者プロフィール

藤川 純一(Junichi Fujikawa)
ルリユール合同会社 代表社員 / 化粧品研究者(フォーミュレーター)
20年以上にわたり化粧品処方開発に従事。2014年、西宮市に自社ラボと製造所を設立し、「作る・売る・支える」を自ら体現する。
毎月、百貨店の催事店頭に立ち、延べ数千人の肌悩みに直接向き合う。原料原液シリーズ「GRAND CONC.」を題材に、悩みの原因を皮膚科学の視点から紐解き、「難解な専門知識を、今日から使える知恵に翻訳して伝える」ことを信条とする。

  • 保有許可: 化粧品製造業、化粧品製造販売業
  • 発信媒体: Cosmetic Dictionary、Podcast「美の深層」
  • 顧問実績: 薬事顧問、化粧品ブランディング、処方開発アドバイザー

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