
本記事では、肌のバリア機能の重要指標である「経皮水分蒸散量(TEWL)」について、その基本的な仕組みから専門的な測定法、皮膚生理学的な解釈までを網羅して解説します。中学生にもわかりやすい基礎知識から、美容マニア向けの最新の研究データまでを盛り込んだ、コスメ研究の決定版辞典です。
経皮水分蒸散量(TEWL)とは?肌のうるおいを守る「バリアの通信簿」
経皮水分蒸散量(TEWL:てぃーだぶりゅーえる)とは、私たちの肌の奥から空気中に向かって、どれくらいの水分が逃げていってしまっているかを示す数値のことです。
私たちの体は約60〜70%が水分でできていますが、肌の一番表面にある角層(かくそう:肌の最も外側にある薄い細胞の層)が「フタ」の役割を果たすことで、体の中の大切な水がカラカラに蒸発してしまうのを防いでいます。この、外部の刺激から肌を守り水分を逃さない力を「バリア機能(ばりあきのう)」と呼びます。
健康でキレイな肌の人は、このバリア機能のフタがしっかり閉まっているため、肌の中から逃げる水分の量(TEWL)が少なく、肌のうるおいが保たれます。しかし、ゴシゴシ洗いすぎたり肌荒れしたりしてフタが壊れると、水分がどんどん空気中に逃げてしまうため、TEWLの数値が高くなってしまいます。
つまり、TEWLはお肌のフタがどれくらい正しく働いているかを教えてくれる、いわば「バリア機能の通信簿」なのです。この数値を意識することが、健やかな肌を保つ第一歩になります。
なぜTEWLが重要なの?スキンケアの成果を見極める理由
TEWLの数値をチェックすることは、あなたが毎日行っているスキンケアが本当に自分の肌に合っているかを見極めるためにとても重要です。
なぜなら、お肌が乾燥してカサカサする原因が、肌の「水分そのものの不足」なのか、それとも水分を閉じ込める「バリア機能の壊れ」なのかによって、使うべき化粧品やケアの方法がまったく変わってくるからです。
例えば、強い洗剤などで肌の油分が奪われてバリア機能が壊れると、お肌のTEWLの数値は一気に上がってしまいます。このときに、水分を与えるだけの化粧水をいくらたくさんつけても、閉じ込めるフタ(バリア)が壊れているため、水分はすぐに空気中へ逃げていってしまいます。TEWLの数値を下げて乾燥を防ぐには、化粧水だけでなく、ワセリンやセラミドのような、壊れたフタを補ってくれる油分(エモリエント剤:肌の水分を閉じ込める成分)を合わせて塗る必要があります。
このように、ただ感覚として「しっとりしたか」を気にするだけでなく、肌の水分を逃さない力(TEWL)がきちんと育っているかを科学的に知ることで、本当に効果のある正しいスキンケアを選ぶことができるようになります。
TEWLの測定法とその原理:開放型と閉鎖型のメカニズム
TEWL(経皮水分蒸散量)の測定は、皮膚表面から大気中へ拡散する水蒸気の勾配や湿度変化を計測する非侵襲的(ひしんしゅうてき:皮膚を傷つけない)な手法です。測定機器の構造としては、主に「開放型(オープンチャンバー)」と「閉鎖型(クローズドチャンバー)」の2つのシステムが実用化されています。
開放型(オープンチャンバー法)の仕組み
TEWL測定において従来から広く普及している開放型(◎)は、中空の円筒状プローブ(測定部)の内部に、高さの異なる2対の湿度・温度センサーを配置する構造を持っています [1][2]。皮膚表面から空気中へ水分が拡散する際、皮膚上数mmの2点間に生じる水蒸気圧差(濃度勾配)を求め、フィックの拡散法則に基づいて蒸散量を算出する仕組みです [1][2]。
注意点(○):開放型はその構造上、測定室内のわずかな空気の乱れや風、被験者の呼吸(呼気)、会話による影響を非常に受けやすい性質があります [1][2][6]。そのため、顔面や口元などを測定する際は、エアコンの風などが当たらない厳密に管理された環境制御室の設置が必須となります [1][2]。
閉鎖型(クローズドチャンバー法)の仕組み
近年、持ち運びの容易さや作業性の高さから使用が増加している閉鎖型(◎)は、皮膚表面に当てるプローブの内部空間を完全に密閉する構造です [3][6]。密閉された空間内の一定時間における相対湿度の上昇速度からTEWL値を算定します [3]。外界の空気の流れや呼気による環境変化に影響されにくく、皮膚表面を必ずしも水平に保つ必要がないため、測定部位を選ばないという大きな実用上の利点があります [3]。
測定機器間の特性と相関
これら2つの測定原理は異なるアプローチをとっているため、得られる実測数値を直接的に比較・互換することは困難であるとされています(◎)[4][5]。
- 開放型(Tewameterなど):高TEWL領域(バリアが大きく損傷した皮膚など)において、より高い感度と良好な相関性を示す傾向があります [3][4]。
- 閉鎖型(VapoMeterなど):低〜中TEWL領域において、環境の乱れに左右されず安定した堅牢なデータを出力する特性があります [3][4]。
また、最近の研究では、専門施設外で被験者が自宅などで水分量とTEWLを同時に、かつ再現性高く自己記録できる装着型デバイスの開発とバリデーションも進められています [7]。
バリア指標としてのTEWL:皮膚生理学的な解釈と限界
TEWLは、表皮最外層の角層が担う「水分保持・バリア機能」を定量的に評価するための最も代表的な皮膚生理学的指標です。しかし、TEWLの数値の増減が、必ずしも外部からの物質侵入をブロックする防御能のすべてと並行するわけではない点に留意する必要があります。
角層構造とTEWLの関係
健康な角層には10〜20%の水分が含まれており、皮膚の弾力性と柔軟性を維持しています(◎)[1][2]。角層のバリア機能は、主にケラチンからなる角質細胞(ブリック)と、セラミド・コレステロール・遊離脂肪酸からなる角層細胞間脂質(モルタル)が形成する、緻密なラメラ液晶構造によって維持されています [1][8]。
粘着テープを用いて角層を連続的に剥離するテープストリッピングを行うと、TEWL値は約2倍に急増します [9]。これは、共焦点ラマン分光法によって観察される「角層細胞間脂質の整列度(規則正しい並び方)」の乱れと明確に対応していることが示されています [9]。
角層細胞の形態・成熟度との相関
TEWLの変動は、細胞レベルでの微細な変化とも密接に相関しています。
- 重層剥離度(DIS):テープ剥離時の角層が不均一に重なって剥がれる度合いであり、TEWLの上昇(バリア悪化)と有意な正の相関を示します(○)[1]。
- 扁平指数(FI):角層細胞の三次元的な薄さ(扁平化の程度)を示す指標です。細胞が正常に成熟するほど薄く扁平化するため、FIとTEWLの間には有意な逆相関(FIが高いほど成熟しておりTEWLが低い)が認められます(△)[11]。
- バリアの可視化:知覚過敏肌(敏感肌)において、外側からフルオレセイン(蛍光着色料)を塗布したビデオマイクロスコープ観察では、TEWLが高い皮膚ほど強い蛍光(物質の深い浸透)が認められ、バリア低下が視覚的にも証明されています [10]。
【角層バリアの健全性とTEWLの関係】
正常な成熟角層(FI高・脂質整列) ──> バリア強 ──> TEWL 低値
不全角化・バリア破壊(DIS高・脂質乱れ) ──> バリア弱 ──> TEWL 高値
バリア指標としての解釈の限界
皮膚の透過に対するバリア機能には、体内からの過剰な水分蒸散を抑える「in-out barrier」と、外界からの異物侵入を防ぐ「out-in barrier」の双方が存在します [2]。TEWLは前者の「in-out barrier」を直接測定する手法ですが、これが必ずしも「out-in barrier」の強さと一致しないことが近年の研究で議論を呼んでいます。
実際に、赤ちゃん用洗浄剤等で皮膚に微細なバリア損傷を与えた試験において、処理後のTEWL値の変動と、外部から塗布したカフェインの角層内への経皮浸透量(out-in)との間には直接的な相関が認められなかったというデータが示されています(△)[13]。
さらに、若年成人を対象とした部位別の比較研究では、手掌(手のひら)において角層水分量(SCH)とTEWLの間に有意な正の非線形相関が認められた(男性のみ)のに対し、男女いずれの前腕部でもその相関は認められなかったことが報告されています [14]。これは、TEWLが単なる肌のバリア欠陥だけでなく、個人の皮膚温や初期の水分供給量(駆動力)にも左右される動的な数値であることを示唆しています(○)[13][14]。したがって、化粧品や成分の有用性を正しく評価する際には、TEWLの単独評価に頼るのではなく、皮表コンダクタンス(水分量)や皮膚表面形態(キメの不均質性)など、複数のパラメーターを交えて総合的に論じることが肝要であるとされています(○)[2]。
環境因子とスキンケア施術がTEWLに与える動的影響
TEWLの計測値および皮膚のバリア状態は、測定環境の温度や、日常的な洗顔・クレンジング、あるいはサロン等でのエステティック施術といった外部からのアプローチによって動的に、かつ繊細に変動します。
環境因子(外気温)が与える影響
TEWLは測定時の環境条件にきわめて敏感です。温湿度条件を一定に制御した実験データによると、相対湿度の変化がTEWLに与える影響はわずかであるのに対し、外気温とTEWLの間には顕著な正の相関関係が存在します(◎)[15]。TEWLはアーレニウスの法則に従って、温度の上昇とともに指数関数的に増加し、13 kcal/molの活性化エネルギーが得られることが判明しています [16]。
そのため、再現性の高い正確なバリア評価を行うためには、発汗が生じない一定の温湿度(一般に室温20〜22℃、湿度40〜50%RH)に管理された室内で、少なくとも15〜20分以上の十分な安静(順化時間)を置いてから測定することが業界の必須慣例となっています(○)[2][6][17]。
化学的刺激・パッチテストによる変動
皮膚に対する化学的なストレスもTEWLに即座に反映されます。ラウリル硫酸ナトリウム(SLS)などの界面活性剤や、アセトン/エーテルによる細胞間脂質の抽出処理は、角層の水の見掛け物質移動係数(K)を著しく増大させ、TEWLの急激な上昇を引き起こします [18][19]。また、24時間のクローズドパッチ(密閉貼付)によって人工的に荒れ肌を誘発させた部位では、健常皮膚と比較してコンダクタンス(水分量)が著しく低下し、TEWLが大きく上昇することが確認されています [19]。
スキンケア施術・エステ技術による動的変化
日常のフェイシャルスキンケア施術やエステティックマッサージが皮膚生理機能に与える影響についても、興味深い研究データが存在します。
熟練者および非熟練者が成人女性に基本的なフェイシャル施術を行った前後を比較した調査では、施術技術の介入によって肌の角層水分量が高まる一方、物理的な接触や拭き取り行為によって、一時的に肌のバリア機能が緩む傾向が示されています(△)[20]。
特に年齢に応じた変化として、高齢者ほど施術後の保水効果(SCHの上昇)が顕著に現れる反面、バリア機能が低下しやすく、施術前後のTEWL値の比が2倍以上に跳ね上がる有害事象のリスクが報告されています [20]。また、施術者の技術レベル(熟練度)が高ければ高いほど、こうした施術にともなう一時的なTEWLの上昇(バリア機能の低下)を有意に軽減できることが明らかになっており、化粧品を「どのように肌へ適用するか」という技術的な要素もお肌のバリア維持に深く関わっています(△)[20]。
FAQ(よくある質問)
Q1. TEWL(経皮水分蒸散量)の数値が高い肌は、具体的にどのような状態ですか?
A1. TEWLの数値が高いということは、体内の水分を閉じ込めるフタ(角層バリア機能)が正常に働かず、水分が外へ素通りして逃げてしまっている状態を意味します [1][8]。臨床的には、アトピー性皮膚炎の病変部や湿疹、ひどい乾燥肌(老人性乾皮症など)においてTEWLの著しい上昇が認められ、肌表面はカサカサとした鱗屑(りんせつ:皮むけ)やガサガサした肌荒れを生じやすくなります [2][8]。
Q2. TEWLを測定するとき、なぜ「汗をかいてはいけない」のですか?
A2. TEWLは、発汗をともなわない状態(不感蒸泄:ふかんじょうせつ)で肌から自然に揮発してくる水蒸気の量を計測する仕組みだからです [1][2]。温かい部屋に入ったり、緊張したりしてわずかでも能動的な汗(発汗)が出ると、測定器のセンサーはバリア機能に関係のない汗の水分を拾ってしまい、正確なバリア評価ができなくなります [1]。そのため、測定前には必ず涼しい部屋で静かに肌を環境に慣らす(順化する)必要があります [2][6]。
Q3. 化粧水で水分をたっぷり補給すれば、TEWLの数値は下がりますか?
A3. 一時的に肌表面の水分量(SCH)は上昇しますが、化粧水を与えるだけではTEWL(水分の逃げやすさ)を根本的に下げることはできません [13][18]。バリア機能が弱まってTEWLが高くなっている肌には、水分を補給した後に、ワセリンやセラミド、コレステロールといった角層細胞間脂質をサポートする油分(エモリエント剤)を重ねて塗り、水分が蒸散するのを物理的・生理的に防ぐ「閉塞性(へいそくせい)」を持たせることが不可欠です [8][9][19]。
Q4. 閉鎖型(クローズドチャンバー)と開放型(オープンチャンバー)の測定器では、どちらの数値が正しいですか?
A4. どちらの測定器も高度に標準化された信頼性の高い機器ですが、それぞれ測定の得意領域や原理が異なるため、「どちらか一方が完全に正しい」というものではありません [3][4]。開放型はバリアがひどく壊れた高TEWLの皮膚の微細な変化を捉えるのに優れており、閉鎖型は環境の風や呼気に左右されにくいため、お顔のパーツや一般的な室内環境で安定したデータを取るのに向いています [3][4][6]。研究の目的や測定部位に応じて使い分けるのが業界の標準です [2][4]。
まとめ
経皮水分蒸散量(TEWL)は、肌の「水分を閉じ込める力(in-out barrier)」を定量評価するきわめて重要なバリア指標です。測定法には開放型と閉鎖型があり、外気温や発汗、空気の乱れに敏感なため厳密な環境下で計測されます。TEWLは細胞間脂質構造や角質細胞の成熟度を反映しますが、外から内への物質浸透能とは必ずしも並行しないため、水分量などの複数パラメーターと交えた総合的な肌評価が不可欠です。
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著者プロフィール
藤川 純一(Junichi Fujikawa)
ルリユール合同会社 代表社員 / 化粧品研究者(フォーミュレーター)
20年以上にわたり化粧品処方開発に従事。2014年、西宮市に自社ラボと製造所を設立し、「作る・売る・支える」を自ら体現する。
毎月、百貨店の催事店頭に立ち、延べ数千人の肌悩みに直接向き合う。原料原液シリーズ「GRAND CONC.」を題材に、悩みの原因を皮膚科学の視点から紐解き、「難解な専門知識を、今日から使える知恵に翻訳して伝える」ことを信条とする。
- 保有許可: 化粧品製造業、化粧品製造販売業
- 発信媒体: Cosmetic Dictionary、Podcast「美の深層」
- 顧問実績: 薬事顧問、化粧品ブランディング、処方開発アドバイザー


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